コラム クラクラ編集部

「学力の経済学」中室牧子講演会

中室牧子講演会


2016年10月4日、大津町文化ホールで開催された「中室牧子講演会」に参加してきました。中室牧子さんは、『「学力」の経済学』の著者で、慶応義塾大学准教授の先生です。

今回は、東熊本青年会議所主催の講演会ということで、理事長さんと来賓の方の挨拶のあと、持ち時間75分だったという中室さんの講演、その後に質疑応答。そして閉会後には、中室さんは書籍へのサイン会をされていました。

すごく興味深い教育の話を、とても分かりやすく、エビデンスと共に紹介いただきました。その内容をメモベースでざっくりシェアします。講演の内容そのままではなく、理解した内容ですので、ご了承くださいm(_ _)m

教育に科学的根拠を


  個人の体験談は全体を表さない

導入では、経済財政諮問会議での教育に関する議論の発言をピックアップして、「私の経験」による発言が如何に多く、支配的かを指摘。

おそらく、経済財政諮問会議のメンバーは、教育環境に恵まれたであろう高学歴の男性。そんなある意味、全体の分布の端のほうの群の「個人の経験」をベースに、日本全体の政策が決定されてしまっているのではないか。それで効果の高い教育政策を選択できるのか。

  例外的な出来事ほど衆目を集める傾向

「子ども何人全員を東大に入れた母」、「短期間で偏差値を一気に上げた女子高生」など、希少性が高いからマーケット的に価値があって取り上げられるし、珍しくて興味を惹くから衆目を集めるのだろうが、それを一般化して真似しようとするのは危険ではないか。

その子ども、その家庭での一つの成功例が、ほかでも上手くいくかは疑わしいし、そもそも、語られている手法が、その結果と因果関係があるかもはっきりしない。

  著書『学力の経済学』が広く受け入れられている理由

著書『「学力」の経済学』は、文学賞を取った作品に負けないくらい(20万部以上)売れているらしい。その理由について中室さんは、「もしかすると、「個人の経験談」ではなく、子育て経験も教育機関での経験もない著者による「主観のない分析」だからではないか」と分析。

  アメリカでは「教育にエビデンス(科学的根拠)を」が一般的に

ブッシュ政権下で「教育の効果なきところに予算なし」という方針が打ち出されて、その効果を示すエビデンスに重きを置いてから、効果的な教育の研究が進んでいて、その研究のために、グループを分けて別々の教育手法を試す実験のようなことをすることも一般的になっている。

  エビデンスとは何か

◯数値化できる、計測できる

◯因果関係が明らか

原因と結果がはっきりしている関係が因果関係。

間違いやすいのは、相関関係。
二つの変数は同時に連動して動いているが、どちらが原因で結果かは分からない。

→読書と学力の例
読書をすると学力が高くなるのかもしれないし、学力の高い人が読書を好むのかもしれない。読書をしたからと言って、学力が高まるとは必ずしも言えない。

「ニコラス・ケイジの映画出演数」と「プールに落ちて溺れた人の数」という、明らかに因果がなさそうな不思議な相関関係もある(「ニコラス・ケイジが活躍すると、溺死者が増える!? 『ナゾの相関関係』まとめ」ViRATES)。

◯階層がある

エビデンスには階層があって、その信頼度のピラミッドがある。もともとは、医学の治験から来ている考え方。

エビデンスのピラミッド
引用:エビデンスとはなにか?~エビデンスに基づいた動物医療(1)「エビデンスのピラミッド」dog actually

信頼度が高いのは、「ランダム化比較試験(RCT : Randomized Controlled Trial)」。ちなみに、信頼度が低い階層にあるのが「論説・専門家の意見や考え」。

  ランダム化比較試験が、なぜ良いか

◯因果関係を特定できる
◯評価が簡単
◯政策のコスパを測定できる

→「1クラス35人の少人数学級を見直して、40人学級にするか」の例
抽選で無作為に処置群と対照群の2つに分ける。処置群が35人学級、対照群が40人学級。それぞれの群のデータの平均値を分析すると、その効果が分かる。

  政治的な流行に左右されるのではなく、科学的根拠に基づくものにするために

日本では、そんな実験のようなことをするのは倫理的な障壁が高く、難しい。

ただ、世界では主流になっている。
マサチューセッツ工科大学で教鞭を執るアビジット・V・バナジーさんとエスター・デュフロさんが、政策の効果検証にランダム化比較試験を用いることを、世界の標準的な地位に押し上げた(著書『貧乏人の経済学』)。

その教育に効果があるのか


  少人数学級の是非

アメリカの実験、プロジェクトSTARの結果。

少人数学級は因果的効果があり、特に学年別では低学年に、属性別ではマイノリティ(白人生徒が多い学校での黒人生徒)に対して、効果が高い

では、それが良い政策なのか。

コスパ、100ドル当たりの効果を見ると、様々な教育アプローチの中では、費用対効果は低い

教員の質の重要性


教員は教育の要。
少人数学級で教員の「数」を増やすのではなく、重要なのは「質」。

  教員の質は「付加価値の高さ」

どんな先生が良い先生か、それは、子どもの学力の伸び(付加価値)を見る。

付加価値が、教員の質を見る上で有効な指標(因果関係がある)とされている。

付加価値が高い教員は学力を伸ばすだけでなく、10代の望まない妊娠をする率を下げ、大学の進学率将来の収入を高めていることが分かっている。付加価値は短期的な視点だけでなく、長期的な視点でも教員の質を計測できている。

付加価値で下位5%の教員を平均的な教員に置き換えるだけで、学級あたり2,500万円の経済効果があると推計されている。

  能力の高い人に教員になってもらう

教員の質を高めるにはどうすれば良いか。

インセンティブ(成果主義にする)
教員に研修をする
→今のところ有効なエビデンスがない。

優秀な人に教員になってもらう

アメリカの教員の付加価値のデータでは、教員免許の有無で教員の質の差は無い。でも、教員免許のある人の中では、差が大きくあることが分かっている。

教員免許制度は、教員の質を担保できているわけではない。教員免許制度を変えて、優秀な人に教員になってもらいやすい制度設計にするのが、今の時点での有効な方法かもしれない。

就学前教育の重要性


  ペリー幼稚園プログラム

1960年代に低所得世帯の子どもを対象に実施されたプログラム。就学前の幼児に対して、毎日2時間半ずつ教室での授業を受けさせ、週に1度は教師が各家庭を訪問して90分間の指導をした。このプログラムは30週間続けられ、その子どもたち(処置群)と、プログラムを受けなかった子どもたち(対照群)を40歳まで追跡調査した研究(ジェームズ・ヘッグマン著『幼児教育の経済学』)。

幼稚園教育の効果は、外部性が大きい

27歳時点での持ち家率が高く、40歳時点での所得が高かった。また、生活保護需給率逮捕率も低かったことから、プログラムを受けた本人だけでなく、社会が得られる利益もあった(社会が負担するコストが抑えられた)ということで、教育が外部性を持つと分析。

それは幼稚園教育が、IQ(認知能力)を高めるからではない

認知能力への影響は限定的。年齢が低いときはIQテストで差があるが、年齢が上がってくると差がなくなってくる。

その理由は、非認知能力の差ではないかという結論

非認知能力は、自己認識、意欲、自制心、協調性など、IQテストでは測定されない個人の特性。

そこから次は、「どういう非認知能力が重要か」の研究に進んでいる

何が将来の成功につながっているか、どうすれば育むことができるか、色々な研究が進んでいる。

  非認知能力の例: GRIT(やり抜く力)

経営コンサルタントから公立中学の教師となり、その経験から教育に必要なのは、動機付けと心理学の観点だと考え、そこから心理学者となったアンジェラ・ダックワース。彼女の研究で導き出された重要な非認知能力として「GRIT」を挙げ、測定できるようにしている(著書『やり抜く力――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』)。

GRITは、長期目標への情熱と忍耐力。自身の将来へ日々こだわること。その週、その月だけでなく、何年間も努力して、その将来を実現する力。人生をスプリントではなく、マラソンのように生きること(TED Talks『成功のカギは、やり抜く力』)。

  卒業が難しいアメリカの大学のデータ

高卒の大学生と大検資格の大学生の退学率の違い

22歳の時点で大学を卒業または就学中の人の割合は、高卒者は46パーセントに対して、大検資格者は3パーセント。

大学を卒業するのは高校の通知表の成績が良かった人

大学の卒業まで辿り着けるかは、入学時の学力は関係なく、高校の通知表の成績が良かった生徒が卒業をしている。それは高校の偏差値の差は関係ない(偏差値が低い高校でも成績が良かった子は卒業し、偏差値が高い高校でも成績が悪かった子は卒業していない傾向)。

良い成績を修めるのは、学力以上のものがあるのではないか。
まじめに努力できるか、分からないときに質問できるか、やり抜くがあるか。それは、非認知能力ではないか。

  非認知能力は、”taught by somebody”

非認知能力は、誰かに教えてもらわないと自学では身に付かない。

学校が必要な理由はそこにあるのではないか。

教育での親の役割は


質疑応答では、親の役割について質問がありました。

1つ指摘があったのは、ペリー幼稚園プログラムでは、週に1度の家庭訪問が実施されていたことでした。そこでの親への指導もプログラムの効果の一部ではないかというような話でした。

そして、GRITについても、親のGRITが高いと、子どものGRITも高い傾向があるということでした。

結果に一喜一憂するのも楽しいですが、努力し続けられるように、その過程を大事に見てあげることが親の重要な役割なのかもしれません。多くの人にとっては、学校の勉強はそういった非認知能力を身につける手段に過ぎないのかなと思いました。

教科書読んで問題解いてだけの勉強なら、できる人は自学自習のほうが効率が良いのかもしれません。それでも学校に行く理由は、教わらないと身に付かない非認知能力を育むことにあるのだなと、中室先生の講演ですごく腑に落ちました。

中室先生は、話すスピードも比較的ゆっくりで権威的でなく、すごく聞きやすかったです。

これから、さらに人気の先生になっていく予感がしました。


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