コラム インタビュー

T-STEP(ティーステップ)野元知明 インタビュー

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熊本市南区御幸笛田、熊本県内の幼稚園・保育園を中心に体操教室やサッカー教室を運営する「株式会社ティー・ステップ」。スポーツを通して、子どもの成長に寄与し、地域社会への貢献を目指す指導のプロ集団です。

今回は、代表取締役の野元知明さんにお話を伺いました。

指導者としてのスタート


20歳のとき、大学2年の夏に家庭の事情で大学を辞めることになりました。

たまたま母親の知人で幼稚園の体操の先生をしている人がいるということで、紹介してもらうことにしました。

実は、大学の頃は学校の先生になりたいと考えていました。社会の先生に憧れていました。そして大学時代は母校のサッカーのコーチに行っていました。

そこで教えることの楽しさ、やりがいみたいなものを感じていたと思います。

そんな背景があって、幼稚園の体操の先生の仕事に興味を持ちました。まずは面接という感じではなく、話を聞くためにファミレスで会うことになりました。

話を聞かれて、どう思われましたか。

大学を辞めて、何のスキルも持っていないし、何の実績もない。俺にはこの仕事しかないなと思いました。姉の子どもが身近にいたりして、子どもが好きなこともありました。

話の中では、仕事の大変さを強調されました。「幼稚園、保育園の契約を取ったり大変だから、ウチに入るより、公務員か何かを目指した方が良い」とも言われました。

でも、ピンと来たんでしょうね、まだ仕事を見てもいなかったのに。

「じゃあ、一度授業を見にきなっせ」ということになり、実際に授業風景や子どもたちを見て「こういう仕事をしたいな」と改めて思いました。

それでそこに入社された。

いえ、雇うという話になりませんでした。私も「雇ってもらえるんですか」とか聞きもしませんでした。ただ「見にきなっせ」の一言から始まって、自然と毎日見に行くようになっていきました。

見に行って、何をされていたのですか。

授業を見て、仕事を覚えに行っていました。雇用形態とか気にせずに、ただ飛び込んで行ったわけですよ。

お金がいくらもらえるかとかではなくて、その仕事を極めたかったのだと思います。

給料が出るわけではないので、夜は大学時代からやっていた飲食店でバイトして、昼は仕事を見に行くという生活でした。とにかく極めようと没頭していました。

「出会ってしまった」ということなんでしょうね。

その生活はどれだけ続いたのですか。

半年ぐらいですね。少しずつ仕事のことを学んで他のことも見えるようになってきて、「俺、このままどうなるんだろう」と思うようになってきて。

このままじゃメシが食えないので、上司に「営業、回らせてください」と言って、話を通してもらって営業を回り出しました。

結果を出して打開しようとした。

1ヶ月ちょっとの間に300件以上の園を回りました。2件しか話を聞いてもらえませんでしたね。

結局、ほとんど契約が取れなかったので、状況を打開することはできませんでした。その後も、夜のバイトを続けながら、昼に仕事を学ぶという生活がしばらく続きました。夢中だったから良かったのでしょうね。

「俺はこの仕事」と決めた道だったので、周囲に何を言われようが、がむしゃらにその生活を続けました。そうしているうちに、少しずつ営業が取れるようになってきて給料も頂けるようになりました。

それだけやれた原動力は何だったのでしょうか。

一番は大学を辞めて、生きるか死ぬかのような状況だったからだと思います。それと、みんなが大学を卒業する頃に、大学に行っていた人たちに負けたくないという気持ちがありました。

もし大学を辞めるということが無かったら、こんなハングリー精神は無かっただろうと思いますね。

そのような修行時代はいつまで続いたのですか。

26歳のとき、会社の方針に納得がいかないことがあって、上司とともに会社を離れて、独立することになりました。ただ、独立した後も、方向性の違いに違和感を覚えることがありました。

自分は現場が一番でやってきたので、現場が疎かになるのが嫌だった。お客さんを見て仕事をしなくてはいけないのに、いつの間にか、上司を見て仕事をしているような感じになっていたんですよね。

子どもの成長を一番に考えないといけないのに、社内のことばかり気にして。

現場から叩き上げでやってきているから余計に納得がいかなかったのでしょうね。

そうですね、前の会社で納得がいかなかったところを改善していこうとして始まったのに、だんだん前の会社と同じようなシステム、雰囲気になっていっていました。

やりたいことができない、目指している指導ができなかった。ずっとやっていくつもりだったので、葛藤はありました。でも結局、何も変わらなかったので、2年くらいしたときに独立することにしました。

理想の指導を目指して独立


一人で独立することになったわけですね。

前の二つの会社とその経営を見てきて、経営者の仕事って何だろうと悩みました。より多くの子に指導が行きわたり、良い指導者が育つ環境を作りたかった。そして最初から人を雇おうと思っていました。

良いサービスを提供するために、先行して人を育てるという方針を決めていたので。でも高い給料を払えるわけでもないし、立ち上げ当初で実績もない。

スタッフを雇ってついてきてもらうのに、どうしていけば良いのだろうと考えました。

そして、そんな状態で人についてきてもらうためには、夢に乗せるしかないという結論に至りました。

ヴィジョンを見せるしかなかった。

そうです。それで迷っているときにコンサルタントの一倉定さんの本に出会って、経営計画書を作らないといけない、うちはこうなっていくぞというのを共有してやっていかないといけないという考えに触れて、経営計画書を作りました。

面接のときにはそれを見せながら、「こうしていきたい」というのを説明して、「一緒にやらないか」と語っていきました。

人はどうやって見つけられたのですか、紹介か何かですか。

いえ、普通にハローワークです。

創業メンバーだったので、一つ聞いたのは「俺はこの仕事でメシを食っていく人を探している。ただ居座るような気持ちではやっていけないと思う。」というようなことでした。

こうやって一緒に作っていくメンバーを探しているという話をしたら、首を縦に振ったので、共に頑張ってもらうことになりました。

そこから始まって、順調にスタッフの方も増えられていますよね。

先行投資ですよね、人ありきの会社なので。指導者として育つためには時間が必要です。特に人様の一番の宝物をお預かりするので、中途半端な教育で任せるわけにはいかないですよね。

先行して雇って、しっかりと学んで、指導者として一人前になってもらう。そうすることで、一人でも多くの子どもたちに最高のサービスを提供できるのではないかと思っています。

20歳のときから、10年以上、この仕事をやられているわけですが、仕事をしていてやりがいを感じるときはどんなときですか。

流れ作業ではないので、日に日に違う。子どもの表情も、成長も見られるし。毎日していても、同じ授業が全くない。日々変わる子どもの成長を見られる、携わられることが一番のやりがいですかね。

「共に歩もう」という社訓なのですが、本当に子どもたちと共に歩んでいるという感じがしますね。指導方法も子どもから学ぶことが多いですし、こっちが悩んでいるときも子どもから元気をもらうこともあります。

現場に入っていると「無」になれるんですよね。できなかったことができるようになったときの喜び、泣いてばかりの子が成長していく姿とか。

そういったことに携わることのできる仕事って、なかなか出会えないのではないかと思います。

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http://t-step2012.net/